物理とTeXに関する話題

TeXを利用した教材作成や、高校物理、受験全般についてのブログです。

2016年 東京大学 問題分析・解答への道筋

2016年の東大入試が終わりました。今年度の物理の問題について,感じたことを書いていきたいと思います。国立大学,私立大学の分析も順次掲載していく予定です。

全体の所感

昨年度までと比較して,答える値の数が飛躍的に上昇しました。近年で比較すると以下の通りです。

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第3問の波動での解答数が過去と比較しても非常に多く,全体としても過去最大の解答数でした。1つ1つの問題も計算量が多く,状況を素早く把握する力,計算処理能力が得点を大きく左右したと考えられます。解答をシンプルに仕上げる力も必要です。

問題の内容の難易度としては,それほど難しいものはありませんでした。昨年度並と言えるでしょう。とはいえ,問題量の増加に伴う時間の不足から,難易度の上昇を強く感じた受験生は多かったはずです。

数年前までは問題量が少なく,限られた条件の中から状況を正しく判断するという思考力を問われる傾向にありましたが,今年は問題数が多い代わりに誘導が丁寧であり,素直に立式すればそこまで思考力も必要とせず,数学的な処理能力を問われるという傾向が強く感じられました。

以上の点から,十分な時間をかけないと高得点を取るのは難しいセットだといえます。物化選択の受験生は「物理をいかに素早く終わらせて化学に時間をまわせるか」という対策をしてきたと思いますが,今年は物理だけで75分かけても良いといえる分量です。

第1問―重心絡みの2体問題

2015年に引き続き,2体問題の出題でした。重心についての設問がある点でも共通しています。見るからに量が多く,時間のかかる設問です。しかし,誘導が丁寧に付けられており,各設問の難易度は決して高いものではありません。状況設定もオーソドックスなものであり,高度な発想や思考力を問われる問題は1つもありませんでした。時間さえあれば完答も可能な大問ですが,25分の中で処理するにあたっては解ける問題を適切に見極めて正確に答えることが大切になります。

  • Ⅰの設問

    • (1) 図を丁寧に描いて考えれば難しくありません。このあたりで間違えると失うものも大きいでしょうから,確実に正解したい問題です。
    • (2) 話の流れからして運動量保存則,という方針にはすぐに辿りつけるはずです。少々計算は厄介ですが,なるべくスピーディーに解き進めたいところです。Ⅱの「$M=3m$としたところ,床で跳ね返った小球2は,小球1と衝突した後,床に静止した」という条件から,$v_2'$の値の検算ができます。
  • Ⅱの設問

    • (1) 重心の定義式であることが分かればすぐに答えが書ける設問です。
    • (2) 「力学的エネルギーの和は保存されるものとする」という丁寧な誘導が付けられています。計算に少々時間がかかりますが,エネルギー保存則の代わりに反発係数の定義式を利用してしまうと,計算が非常に楽になります。問題量の多さからも,このような工夫ができるかどうかは重要といえるでしょう。
    • (3) $u_1=-\frac{1}{2v_1}$の時点で,$u_1<0$ですから,イとエに絞れます。エは重心速度が$t=0$のところで不連続に変化してるので不適,と絞り込むのは簡単です。見えていればすぐに答えが選べるので,差がつく問題といえるでしょう。
  • Ⅲの設問

    • (1) 力のつり合いを立式するだけの問題です。何としても正解したい問題です。
    • (2) エネルギー保存則の立式は正確に行いたいところです。時間がなさそうであればそれ以降は飛ばしてしまうのも1つの手でしょう。
    • (3) 換算質量を正しく扱えるかどうかでしょう。25分の時間の中で,運動方程式を利用してイチから議論をするのは大変です。

第2問―共振現象

前半は交流回路からの出題でした。東大では交流回路から出題されない,と考えて対策が手薄になっていた受験生も多かったことと思います。RLC直列振動回路なので,「インピーダンスは覚えてる,解き方も知ってる」という安心感はありますが,(1)でその知識が全て使いつくされてしまうので何ともいえない不安感に襲われる問題です。交流回路の深い考察力,というよりも,交流の基本知識をいかに素早く処理できるか,が前半で問われ,後半では数学的な処理能力が問われています。

後半は確かにテーマとしてはとⅠ似ていて,対応性もあるのですが,受験生の身としては異なる2つの問題を解いたように感じられたことでしょう。後半はやはり数式処理能力を問われている数学の問題ですが,(2)での連立方程式の処理さえ素早くできれば短時間で解答することも可能です。

  • Ⅰの設問

    • (1) やや時間はかかるものの,確実に合わせたい問題です。$I_0$だけであれば,覚えているインピーダンスからすぐに答えが出せるのですが,$\tan\delta$まで聞かれているのでベクトル図を描かざるを得ないでしょう。$\tan\delta$まで覚えている受験生はほとんどいないものと思われます。
    • (2) 誘導を上手く利用すれば難しくはありません。確実に正解したい問題です。
    • (3) やや数学的な内容です。これも正解しておきたい設問です。
    • (4) 計算量,求められている数式処理能力が高いです。「使っていい文字の中に$C$がない」ことに気付いて$C$を消去する,という方針が取れれば答えに至ることができますが,式変形は時間もかかりますし飛ばすべき設問といえるでしょう。
  • Ⅱの設問

    • (1) 円運動なのだから向心方向の運動方程式では…,と考えたくなるところですが,「力の釣り合い」と言われてしまっているので,回転座標系から議論するしかありません。等速円運動をする物体に関しては,接線方向の力がつり合っている,ことがポイントです。
    • (2) 時間があれば解きたいところですが,落ち着いて正しく処理できた受験生は少ないと予想されます。$\tan\delta$の処理は$\sin\delta$と$\cos\delta$を見て辺々割り算,と気付けそうですが,$v$を求める(つまり$\delta$を消去する)ところで,$\sin^{2}\delta+\cos^{2}\delta=1$を利用するという流れをつかむのは限られた時間の中では厳しかったかもしれません。
    • (3) 内容は非常に簡単ですが,$v$が求まっていないとどうしようもありません。(2)が解けていればサービス問題です。(2)の問題を飛ばすにしても,「(2)さえ解ければ(3)もすぐに答えられる」ことは確認しておきたいところです。
    • (4) Ⅰと同様の内容を問われているのですが,与えられている文字の条件がⅠと異なるので方針も異なります。落ち着いて整理しきれた受験生は少ないでしょう。

第3問―水深の異なる領域における水面波の伝播

水面波がテーマであり,図もそんなに複雑ではなさそうなので一見すると簡単そうですが,量が非常に多い問題です。Ⅰ(1)〜(3)や,Ⅱ(1),(2)など,比較的解きやすい設問を確実に正解できるように心がけて取り組みたい問題です。Ⅰから順番に解いていき,(5)で詰まった結果,Ⅱの問題文を読まずに飛ばす,といったことにならないように,時間を気にしながら解き進めたいところです。

  • Ⅰの設問

    • (1) 波動の基本公式の問題です。v=fλの式を利用して比較するとスムーズです。この設問からも分かる通り,領域ごとに波長や波の伝播速度が異なるので,混乱しないように問題用紙に大きくまとめて書いておくと良いでしょう。
    • (2) 弦を伝わる波の速さ$v=\sqrt{\frac{T}{\rho}}$を求める際に同様の方法で考えさせられる入試問題がしばしば出題されています。誘導に従えば難しくなはないでしょう。
    • (3) 仮想的な点波源を考えて,三平方の定理を素早く使いたいところです。仮想的な点波源を考える問題としては,2003年の東京大学第3問が挙げられます。
    • (4) $|x|$の絶対値記号を抜かす受験生が大量発生すること間違いなしでしょう。個数を求める内容も状況がつかめていないと決して簡単ではありません。数式で処理するよりも,節線を想像して考えるほうが間違いも少なく,素早く解けたでしょう。
    • (5) 問題の状況把握がやや難しいです。さらに,PとOが同位相であることに気づく,PからOに波が伝わるまでにかかる時間を考える,OからSに波が伝わる時間を考える,三平方の定理を使う,屈折の法則を使う,と,とても1問で処理する量とは思えないだけのことを考えないと解けません。飛ばすのが適切な選択といえるでしょう。
  • Ⅱの設問

    • (1) 前半は壁ありドップラー効果の問題です。公式から処理できるので,確実に正解したい内容です。後半は,境界面を超えるO点での波の振動数に注目できると考えやすくなるでしょう。
    • (2) 求める時間を$\varDelta t$などの文字で設定する,という方針が取れるかどうかが全てです。
    • (3) 逆位相になる条件はサイクロトロンを思い出したいところですが,方針がすぐに思いつかなければ飛ばしても問題無いでしょう。

来年に向けて

2016年の入試では,量の多い問題を短時間で正確に立式し,数式処理する能力が問われました。来年以降もこの傾向が続くと考えれば,日頃から計算スピードを意識する必要があります。しかしそれ以上に大切になるのは,短時間で問題の状況を読み取り,適切に解法を選択する能力といえるでしょう。どんなに計算スピードの速い人でも,立式をするまでに考えこむ時間が長ければ問題全体でかかる時間は多くなります。計算スピードを上げるのには限界があり,無理をするとミスも多発します。多くの受験生が実際に問題を解く際にかけている時間の大半は「計算する時間」ではなく「考える」時間です。手が止まる時間が少しでも少なくなるよう,解法の選択を素早く正確に行えるよう,そして問題の本質を素早く理解できるよう,表面的ではなく本質的な物理現象の理解が大切になります。

結局は,「"本当に"分かっているかどうか」が全てだということは今後も変わることは無いでしょう。